2012年01月20日

ブライダルアーティストのお仕事

こんにちは!

ブライダルアーティストのヒガシヤスエです。


自分の名前を出すことに非常に抵抗感な感じは全然抜けませんが、

ツイッターとかやってますか?とBARI島の方に聞かれる世の中。

自分を主張することも大切なのかもしれませんね。


さてさて、「ブライダルアーティストのお仕事」と銘打って、

しばらくは私がMake up Studio Wish!のお仕事をどんな風にやっているのか

シリーズで紹介していきたいと思います。


まずは、私自体の原点。


小学校の先生として社会人デビューしてから6年くらいしていましたが

仲の良いお友達はみんな美容関係に進んでいて、活躍していました。



やりがいのありすぎるお仕事でしたので、「ゆとり教育」に納得がいかず、

「ゆとり」がスタートする前に退職。



そして、当時お付き合いしていた彼氏さんが、

「これからはブライダルは面白いよね」と言ったのを思い出して、

衣装のコーディネーターになったのでした。



桂由美先生のフランチャイズお店でしたので、厳しいお店でしたが、

衣装のコーディネーターの資格も取らせてもらえたり、精神的に鍛えられましたね〜・・・。

今でも社長の世の中を見る目と、経営者としてのシビアさなどは尊敬してやみません。



接客も楽しくなってきて、お客様から「ヒガシさんに当日もヘアメイクして欲しかった〜!」

と言われたのを真に受け、コーディネーターをしながら可愛がってくださる美容師の先生の

お手伝いに行ったり、当時の彼氏が美容師だったので、彼にヘアメイクを習ったり・・・・。


そうこうして、地元のファッションショーのバックステージを手伝わしてもらったり

する位のヘアメイクは出来るようになって行きました。

そんなときに、腰の手術1回目。


ハイヒール履いて、重い荷物を持ち歩けば、なりますわな〜・・・。椎間板ヘルニア。


退社して、手術。


やっぱり、老後のこと考えましたよ。若干27〜8歳くらいだったでしょうか。


んで、「手に職だ!!!!!!」と思いついたわけです。


そして、メイクにはまっていた時期でしたし、塗るだけのメイクに限界感じてたので

よし!エステティシャンになろう!!


・・・・で、福岡のエステティックの会社に入社。




女の園の、バリバリ伸びてる会社はすごかった!!

その会社の女社長は企業家に送られる「アントレプレナー賞」を女性初の創業者として

受賞される位、只者ではなかった。今でも尊敬してやまない。



第2創業期で次の幹部候補生として、大変可愛がっていただいたが、

役職の上司をさておいて、一緒にサウナに連れて行ってもらったりの裸のお付き合いを

させてもらった。

その時に、頭にくる、理不尽な上司の話をした所、こう言われた。



「毒になる人間は使い方によっては薬になる。そこは会社として、どちらも必要。

毒にも薬にもならない人間は今の会社にはいらない」


今でも忘れられない、名言です。

そういう、素晴らしい経営者に恵まれていたので、会社に人生を捧げることも

一時は考えたけど、やっぱりブライダルやりたくなってましたね。


住所不定になる位、東京の支店や福岡の支店を店舗のフォローで回っているころ、

以前一緒の店舗にいた子から、新会社設立に伴い、人材が欲しいということで

今の原型になるお店に引き抜かれました。


その時に、やっていたのが

・衣装のコーディネーター
・結婚式場の紹介
・披露宴のプランニング
・ブライダルエステ
・当日のヘアメイク
・当日の花嫁のお世話。

P9094654.jpg

こーんな感じの素敵なチャペルを併設したスタジオでしたね。

今から約十数年前になるのでしょうか?

あっという間ですよね。


さてさて、次のお客様がいらっしゃるので今日はこの辺で・・・・。
posted by Wish! at 14:56| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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